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在原業平

臣籍降下して兄行平らとともに在原氏を名乗る。仁明天皇の蔵人となり、嘉祥2年(849年)従五位下に進むが、文徳天皇の代になると13年に渡って昇進がとまり不遇な時期を過ごした。清和天皇のもとで再び昇進し、従五位上に序せられ、右馬頭、右近衛権中将、蔵人頭に進んだ。文徳天皇の皇子惟喬親王に仕え、和歌を奉りなどした。鷹狩に執着した桓武天皇の子孫だけあり、兄行平ともども鷹狩の名手であったと伝えられる。

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紀有常女(惟喬親王の従姉にあたる)を妻とし、紀氏と交流があった。子に棟梁、滋春、孫に棟梁の子・元方がありみな歌人として知られる。業平は『日本三代実録』に「体貌閑麗、放縦不拘」と記され、美男の代名詞のようにいわれる。早くから『伊勢物語』の主人公と同一視され、伊勢物語では、二条后こと藤原高子や惟喬親王の妹である伊勢斎宮恬子内親王などとの禁忌の恋が語られている。

なお、恬子内親王との間には密通によって高階茂範の養子・師尚が生まれたという説があり、以後高階氏は業平の子孫ではと噂された。

歌人としては『古今和歌集』に30首が入集している。

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2008年03月08日 19:14に投稿されたエントリーのページです。

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